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日本語の文章表現

(注) 現在, このページの大部分は見延先生の解説の引用です.

論文を書く能力は, 1つの研究の全体を仕上げていく能力と深く関わっている. 良い研究とは高いレベルの論文を書くことができる研究に他ならない. 論文を書く能力があれば, 面白そうな結果が出ると, それを論文でどう使うかを考える. 例えば次のような考えが脳裏をよぎる:「この結果を生かすには, こういったintroductionがいい. そのintroductionがカバーする範囲で, 説得力を持たせるにはこういった解析も必要だ. よし次にはそれをやってみよう. ここで予想した結果になれば, この線で攻めるし, そうでなければ, あのあたりの結果の記述を強めることで大体まとまりがつくだろう. 」一方論文を書く能力が欠如しているなら, 「面白い結果だ」としか分からず, どうすればそれが生きる研究に全体を組織できるかが分からない. したがって, 論文作成能力が高いと, より良い結果が得られる. しかも同じ一連の結果でも, 文章を書く能力が高ければ, その結果をよりよく生かす高度・精緻・強靭な論理構造を展開できる.

分かりやすい文章

分かりやすく明確な文章を書くとは, 文章全体を通じて説得力がある論理構造を組み立てることと, それを分かりやすい個々の段落・文で表現することだ. つまり, 論理構造の構築文章での表現 という二つの問題がある.

文章が分かりやすいポイントで最も大事なのは, 読者にうまく予想をさせることです. 文章を読むという作業では, 読者は無意識のうちにこの先がどう発展するかを予測します. したがって, 読者をうまくリードして, 楽に適切な予測ができるようにすることが, 分かりやすい文章では書かせません. そのための代表的な方法は, 次の通りです.

節と段落の配置で決まる論文全体の構造を見とおしの良いものにする

  1. 重要なものを先に (top heavy)
  2. トピックセンテンスとそれに対応した段落を構成する
  3. 文と文との関連を示す

力強い文章

力強い文章は, 読者を引き込んで理解を助けるだけでなく, 読者を納得させる効果もあります. 分かりやすい文章は力強くもあるものですけれど, それ以外に文章の力強さを出す上で特に覚えておくと良いのは, 3つのCと能動態の利用です. 3つのCとは, concrete (具体的に), concise (簡潔に), 正確に (correct) です.

具体的に
抽象的な表現は具体的な表現に比べ, 有意義な情報は少なく, また説得力を持ちません. したがって, 抽象的な表現を具体的な表現に置き換えて 不都合の無い場合は, 常に具体的な表現とするべきです. 抽象的表現は, 間違うおそれも少ないし一見風格があるようにも見えるためか, しばしば濫用されます.
なお, 具体的な表現を使うと不都合が生ずる典型的な例は, 具体的な説明を加えるには長い文章が必要で, その長い文章を入れると全体のバランスが損なわれる場合です.
簡潔に
科学技術論文では, 簡潔さが尊ばれます. みな忙しい最近ではなおさらです. そのために, 不要な重複, 冗長な表現, を避けるべきです. 非本質的な式の提示もやめた方がいいでしょう.
多くの場合, 論文の最初の草稿では, ある事項に関する記述が, あっちこっちの段落にばら撒かれていると思います. それは多くの場合, 不要な重複となるので, できるだけある事項についての記述は論文の特定の場所にまとめ, そこに入らない部分は削除するなり, そこへの関係を明示するなり(例えば「前述の」を入れる)すると良いでしょう.
正確に
正確さは間違いが無いこと, と解釈するとそれほど難しいことではないように感じられるかもしれません. しかし, 論文に迫力を出す正確さは, 他の研究者があいまいにしていることに対して, どこまで正確に迫れるかです. どれだけの正確さを出せるのかは, 知識と理解の程度と, そして文章の表現能力によります. この意味では, どうすれば正確に書けるのかの一般論はありません. まず第一歩は, 自分が何を分かっていて何を分かっていないのか, そして分からないことで何を分かるべきなのかを, 把握することです. 世界は広く・深く, 関連するすべてを正確に理解することは, 今日だれにとっても不可能でしょう. しかし, 自分がここはというポイントは, 自分にしかできない正確さを発揮できると, すばらしいと思います.
能動態で
日本語・英語を問わず, 科学技術論文には「私」「我々」という主語をさほど使用せずに, 受動態を用いる伝統があります. その方が品が良い, 押しつけがましくない, というわけですね. しかし, 受動態ばかりが並ぶと文章の力強さが失われるので, 能動態も取り入れましょう.
受動態ではなく能動態を用いる方が大抵優れているのは, 無生物主語が使える場合です. 無生物主語とは, 無生物であっても特定の動詞と結びついて主語となる用法です. 例えば「海洋循環が風によって駆動される. 」という受動態よりも、「風が海洋循環を駆動する. 」という能動態の方が, 力強い文になっています.
また, コミットを表す「私」「我々」を主語にする能動態も使うべきでしょう. コミットを表すとは, 他の人なら違うかもしれないけれど, 我々は, という気持ちを表現するわけで, その責任をも著者が負うという前向きな精神が立ち上ります. 例えば, 「そこで我々は, . . . . と予想している. We spectulate that ...」というのは, 「他人は違うかもしれないが我々そう考えており, しかもその考えをこの論文で表明するのは, 読者の利益になると信じている. 」という意味があるのです.

Paragraph (段落)

節もしくは小節を構成する, 文章の単位が段落(paragraph)である. 節の配列が定まると, レポートや卒論程度であれば, 次は各々の節の内容をどんどん書いていくことが多いだろう. この場合に, 注意するべきなのは, 段落を適切に構成することで, 意味のまとまりを分かりやすく配置することである.

また, 段落の中の論理構成は直線的(「従って」, 「つまり」などで論理が展開する)であるほどよく, 「しかし」が2回以上出てくるのは避ける必要がある. 2回以上の「しかし」が出てくるほとんどの場合は, 十分に書き直しをしていないに生じており, 1回しか「しかし」を使わずに書きなおすことができる.

なお通常, 段落の開始は日本語の場合は全角1文字分のスペースを置き, 英文の場合は1タブを置く. また, 段落の最後には改行を入れ, 段落と段落の間には空行を置かない. オンラインのテキストもしくは草稿では段落の間に空行を入れるものもあるが, 印刷物の場合はそうしないのが一般的である.

Topic sentence

意味のまとまりを作る上で重要なのは, その段落で何を述べるかをなるべく段落の最初の方で読者に知らせることである. この働きを持つ文(sentence)をトピック・センテンス(topic sentence)とい. トピック・センテンスは通常, 段落の第1文もしくは, 第2文に置かれ, その段落の内容を引き出す働きをする.

トピック・センテンスの書き方は大きく分けて,

の二つがある.

良いトピックセンテンスとそれに対応したパラグラフからなる文章は, トピックセンテンスを拾い読みするだけで, その文章全体の概要を知ることができる. トピックセンテンスを斜め読みするのは, 速読の基本的なテクニックでもある. 文章を書いたら, 各パラグラフの内容をトピックセンテンスがパラグラフの内容をきちんと引き出しているか, 異なるパラグラフのトピックセンテンスは全体として論理の流れをきちんと作っているかをチェックすると良い.

sentence (文)

一つの文には原則として, 一組の主たる主語と述語が存在する.

また文体は, 「. . . である. 」体がふさわしく, また単語の選び方も堅い表現が好まれる. これは英文にも共通している. 科学技術の発表においても口頭発表では生き生きとした印象を与えるために, 口語的な表現を使うことはあるが, 論文・レポートでは堅い表現に統一するのが一般的である. 例えば「とても」は「非常に」の方が, 「エネルギーが伝わる」は「エネルギーが伝播する」の方が良い.

括弧を適切に利用することは, 冗長な文を連ねないためには有効であるけれど, 括弧を利用しすぎることは段落の論理構造を損なうので行ってはならない. 括弧で示すのは, 括弧なしで示す情報よりも一段重要性の低い情報である. しかし, なぜ重要性が低いのかは通常明示的に述べられない. したがって, 括弧を使うのではなくて, なぜそれが重要性が低いのかを本文中で言及して, 付加情報を述べる方が, 段落の論理構造はより明瞭となる. 括弧を利用する際の目安としては, 文(主語述語の組)をそのまま括弧に入れることは避けるべきだろう.

括弧の使用とともに注意が必要な記述方法に箇条書きがある. 漫然と箇条書きを使うと, 一見もっともらしいが実はほとんど意味のない記述に陥るので注意しよう. 箇条書きを使うには, まず箇条書きを説明する地の文で, なにについての箇条書きであるのかをはっきりさせる. 次に, リストアップされる対象の性質を同じレベルで揃え, モレとダブりが無いようにする.

Re-write (推敲)

チェックのポイント

見直す際には, 大局から局所に向かうのが一般的だろう. 論文・レポートの場合, 節の構成は上で述べたように大体決まっているので, 注意するべき大局とは, 各節の中の構成, すなわちパラグラフの構成になる. この段階では, トピックセンテンスを中心にチェックすることが適当である.

トピックセンテンスがきちんとしているのに, 文章に説得力がないのであれば, 書くべき内容が乏しいのかもしれない.

局所的には, 文と文とが分かりやすく配置されているか, 各文は適切に構成されているかを, チェックすることになる. 具体的には, 以下のチェックポイントを上げよう.

なお, 大局レベルでは良いと思っても, 細部を詰めて行くと論理の矛盾が明らかになって, 結局ダメになる, ということもある. 従って, 最終的には文章全体を磨き上げ, 大局レベルの構成も局所レベルの文と文のつながりや各文の中身を直して行く必要がある.

日本語論文 (卒論・修論) で見られる良くない表現

大部分は見延先生のページから引用しています.

動作主体のすり替え
主語を明示するか, 「誰それの解析を紹介する」というように変更する.
主語を明示しない文では, 主語は「私」である. レビュー論文で, 「解析」「計算」「考察」「導出」などを行なったのがオリジナル論文の著者であるにも関らず, 主語を明示しないと読者はレビュー論文自体の著者がこれらの行為を行なったかのように受け取ってしまう.
考えられる
可能な限り避ける.
一般にそうであるとされているなら, 「考えられている」がふさわしい. 信ずるに足る十分な理由があって, 主張している場合には「である」「であろう」などのより強い表現がふさわしい. 「考えられる」は, 「そうとも考えられるし, そうでないとも考えられる. 」という文が日本語として十分成立していることから明らかなように, 本来かなりあいまいな主張であることを示す語であり, 科学技術論文にはふさわしくない.
. . がわかる
常に使わない.
口語的であることに加えて動作の主体が不明であり, 誰にでも分かるのか一部の人にしか分からないのかあいまい. 誰にでも分かるなら, わざわざ「わかる」と書かなくて良いし, 一部の人にしか分からないなら, 論文に記述する価値はない. 例えば「高温であることが分かる」は, 単に「高温である」にすれば良い. これと類似するが, 「. . が見られる」は, 出現頻度がはなはだしくなければ可.
見る, 見た, 見ていく
「検討する」, 「説明する」
口語的であると共に, 「見ていく」は狭くとれば単に見ているだけである. より固い表現かつ具体的な表現が良い.
図Xを見ると
不要なので使わない.
例えば, 「図Xを見ると, 高温偏差がどこそこに存在する. 」であれば, 「高温偏差がどこそこに存在する(図X). 」あるいはどの図のついて述べているかが明確なら, 「高温偏差がどこそこに存在する. 」でよい. 「図Xを見ると」は文章では不要, 口頭発表でも避ける方が時間を節約できる.
. . . を含む特徴が見られる.
「. . . の特徴が見られる. 」または「 . . . を含 むこれこれの特徴が見られる. 」
を含む特徴との表現は, 述べている内容以上の特徴があることを示唆しながらその特徴を言及しないというものである. このような含みのある表現は, 常に避けるべきである.
. . . . のような
同一なら単に「ような」を除けば良い.
また類似しているけれど相違がある場合には, 類似点と相違点を述べる方が良い. 「ような」は「同一」である場合と「類似しているけれど相違がある」場合の両方があり得るあいまいな語なので, 可能な限り避ける.
誰それは. . . . であるととしている
「述べた」「注意した」「仮定した」「提案した」など、より狭い意味の語を使う.
「している」は本来「する」ということだが、非常に多くの意味を持ち得る。ここでは単なる「する」ではなく, 具体性・意味限定性に乏しい.
同様の領域
同じ領域, 違うなら領域を具体的に述べる.// (例えば緯度経度で) 同じなのか違うのかはっきりしない.
. . . が,
可能な限り避ける.
意味不明瞭な日本語の元凶とも言われている. 特に「図1についてであるが, 」のように主題の提示には使わないこと. 「しかし」の意味で, 可能な限り少なく使うのは可. この場合でも最初は, 「. . . が, 」では無い表現を考え, 滑らかでない場合のみ「. . . が, 」を使う.
今回の研究
本研究.
「今回」は前回や次回がある場合は良い(例えば2回目の学会発表).
この結果は, . . . .
結果をより具体的に述べる. また, 具体的かつ簡潔に述べれるように, それに先立つ結果自体の説明で工夫する.
少しならいいけれど, 連続するとよくない.
可能性を示唆している
「可能性がある」または「. . . を示唆している」
弱い表現を二つ重ねることはしない. ちなみに「可能性」は実現可能性が20-30%くらいのかなり弱い表現である. 「示唆している」で60-70%程度だろうか. なお日常会話では、かなりそうだろうと思っていても、断言することを避け謙譲の美徳を発揮するために、「可能性がある」という言い方をすることがある。しかし、「可能性がある」のは本来「全く不可能ではない」という程度の小さい可能性を示す言葉であり、英語のpossibleに準ずるなら実現する確率は40%以下である。したがって、論文の主たる結論には使うことができない弱い言葉である。
前に示した図の説明文を前と同じように書く.
「図 # と同じ。ただし、... である。」とするのが, 科学業界の慣習.
こうすることで、読者は効率よく(重複の多いFigure captionを繰り返し繰り返し読まずに)図を理解することができる。
表の説明を表の下につける
表の説明を表の上につける
[Miller (1998)] [Miller 1998]
文末の引用では著者・年号の両方をかっこに入れ, 年号だけにかっこは付けない.
第4節, 第4図
4節, 4図. 「第」は付けないのが普通
図1においては, . . . . . が見ることができる
「図1は. . . を示している. 」が明快. まだらっこしいことに加え, 「ことができる」は, 可能性に言及している場合, 能力に言及している場合を除いて避けるほうがよい.
Fig.1
Fig. 1と, ピリオドと数字の間を半角あける. Figure 1"の"Figure"を"Fig." に置き換えたのであるから, 続く空白を除いてはならない. 省略後の後はピリオドが必要なので, Fig. とピリオドを忘れない.

参考文献一覧


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